思いがけず佐藤英太郎のこけしを入手した。数多く世に出回っている英太郎のこけしであるが、国恵志堂コレクションには数本しか所蔵されていない。良い時期の英太郎があれば欲しいのは山々であるが、そういう作品は価格も高くなかなか手に入らないのである。今夜のこけしは特に意識もせずに見つけたものであるが、よくよく見ると初期英太郎のなかなか良い表情であり、紹介することにした。口絵写真はその表情である。
写真(2)が全体像である。大きさは9寸2分。一見すると19歳英太郎を髣髴させるようなこけしである。胴底には昭和36年と書いてある。昭和33年に森田丈三氏の勧めにより衝撃的なデビューをした英太郎、その33年(19歳)作は「19歳英太郎」としてコレクター垂涎の的であり、今では1級の古品並みの価格で取引される。その英太郎も20歳台になると作行に溌剌さがなくなり、やがて36年にはこけし製作を見限って転職してしまうのである。この33年から36年までが英太郎こけし製作の第1期である。本項のこけしは、その転職するまさに36年の作ということになる。
たまたま、ヤフオクに同じ梅模様の19歳英太郎が出品されているので、その出品写真を拝借して本項のこけしと比較してみた(写真(3)(4))。なるほど、このように並べて見てみると、36年作では筆の勢いが弱くなり、やや大人しい表情になっているのが分かる。その一方で、直助こけしに見られる情緒的な雰囲気が出ていると見ることも出来るであろう。20歳以降の英太郎は作行にバラつきが見られるようになるが、中にはハッとするような作品も混在している。
写真(5)に胴底の署名を示す。左が19歳、右が本項のこけし。勢いのある19歳筆に比べて、何とも弱々しい情けないような筆致である。当時の英太郎の心情を現すかのような文字である。